無効になってしまった残念な自筆証書遺言について
下の遺言書は、既に妻を亡くしている夫(仮名:山田太郎)が作成したものです。
山田太郎の相続人は、長男、二男、三男、長女(末娘)の4人です。山田太郎は、その所有する自宅(土地・建物)に長男と長く同居していました。遺言書の内容からすると、山田太郎の意思は、自宅は長男に相続させて、銀行にある預金を二男、三男、長女に均等の割合で相続させるというものです。ちなみに、自宅(土地・建物)の評価額は2500万円、預金残高は1000万円です。
遺言書の内容からは山田太郎の遺産承継の意思は確認できるものの、遺言書は残念ながら無効と判断されます。
遺言書が無効になる理由を教えてください。
日付が特定できていない遺言書は無効になります。「吉日」は、日付の記載がないと判断されます。たとえば、令和6年6月、令和6年正月という記載も無効になりますので、気を付けたいところです。
また、仮に日付が特定されていたとしても、遺言書の内容には以下のとおり曖昧な点があること、遺留分に配慮されていないことなどから、相続人間で揉める可能性はあります。さらに、この遺言書で法務局の登記官が相続登記の申請を受け付けてくれるかという問題もあります。
①「お兄ちゃん」は誰なのか。客観的に、お兄ちゃんはどのお兄ちゃんのことを言っているのか、人物が特定できていないと言われる可能性はあります。特に、法務局の登記官は、お兄ちゃんを長男と特定できると判断する可能性は低いのではないかと思われます。
②4人の相続人の法定相続割合は、それぞれ4分の1ずつとなり、遺留分はその2分の1となりますので、それぞれの相続分が遺産総額の8分の1を下回る場合は、遺留分を侵害していると主張される可能性はあります。
本事例での遺留分は、2500万円+1000万円=3500万円の8分の1ですから、相続人1人につき437万5000円となります。
預金1000万円を二男、三男、長女の3人で均等に配分した場合、遺留分を下回ることになります。よって、二男、三男、長女は、長男に対して遺留分を侵害していると主張してくる可能性はあります。
③「家と土地」の記載について、山田太郎が他に不動産を有しておらず、法務局の登記官が山田太郎の自宅(土地・建物)として特定できると判断してもらえるかどうかという問題になりますが、①の問題と相まって厳しい判断になると思われます。
法務局の登記官がこの遺言書で相続登記の申請を受け付けてくれる可能性は低いのではないかと思われます。
遺言書が無効になると、その後の相続手続はどうなるのですか。
相続人の4人で遺産分割の話し合いをして、合意ができたら遺産分割協議書を作成することになります。
4人が山田太郎の意思をくみ取って、遺産を分けることで合意をすれば、遺言書の趣旨に沿った内容で遺産分割協議書を作成すれば相続手続は進められます。また、遺言書の趣旨とは全く違った内容であっても合意ができれば、その内容をまとめた遺産分割協議書を作成することは何ら問題ありません。ただ、当然のことですが、遺産分割協議書の内容は、銀行や法務局において疑義を生じさせないものとしなければいけません。
合意ができなければ、家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てる流れになるのが一般的です。
効力のある、かつ、揉めることのない遺言書を作成するためのポイントがあれば教えてください。
以下の点について留意する必要があります。
①自筆証書遺言は財産目録以外、全文を遺言者が自分で手書きをしなければなりません。
②遺言者が押印をする(実印を用いる。)。
③作成日付を記載する。
④遺言者の特定という観点から、遺言者の住所を記載する。
⑤相続人の特定という観点から、各相続人の氏名、続柄、生年月日を記載する。
⑥相続させる不動産や預貯金の表記は特定できるように正確に記載する。
⑦相続人の遺留分に配慮した内容とする。
⑧遺言書の記載内容を訂正する場合は、民法968条の定めに従う。
⑨原則として、相続人に対しては「相続させる」、相続人以外に対しては「遺贈する」という文言を使う。
以上の他にも留意点はいくつかあります。銀行からは、自筆証書遺言の8割が相続手続に使えないものであるということをお聞きしました。せっかく作った遺言書が無効とならないように、自筆証書遺言を作成する場合は、士業などの専門家に見てらうなどご相談されることを強くお勧めします。